「種あり」巨峰へのこだわり

甲斐屋農場では、現在主流となった「種なし」巨峰ではなく、昔ながらの「種あり」巨峰をおいしく召し上がっていただくことにこだわっています。
その理由は、「種あり」には私が考える巨峰本来の「うまみ」があるからです。
見栄えの良さや食べやすさから、小売店や消費者の皆さまからも「種なし」を好まれる傾向があることは承知していますし、単価の下がる「種あり」にこだわることは商売上賢いとは言えません。
それでもホンモノの巨峰のうまみを知っていただきたいという想いで、いまだに「種あり」巨峰の生産にこだわっています。

牧丘と巨峰

地域の大部分が南面斜面で構成された牧丘地区。
私の生まれは1962年ですが、その頃は一面が養蚕用の桑畑でした。
1970年代半ば、養蚕は斜陽産業となっており、牧丘地区では桑に代わる生産物を必要としていました。
時を同じくして、1920年ごろから開発が進められてきた巨峰はようやくその栽培方法が確立されつつありました。
水はけも日当たりもよく、昼夜の寒暖差が大きい牧丘地区は、巨峰の栽培に適しているということが分かり、1970年代後半から一斉に栽培農家が増えたのです。

巨峰栽培の難しさ

巨峰は1952年、当時の農林省(現農水省)に種苗名称の登録申請がなされましたが、1957年に却下されています。
理由は、栽培の難しさにより生産者にとって有益ではなく「栽培の価値がない」といったものでした。
特に「花ぶるい」と言われる生理的落果が決定的な要因とされています。
当時は房についた花は全て実として生育させていたので、ひと房の粒数が現在とは大きく違いました。

現在では生産方法が確立され、房の上の方2/3と下の方ひとつまみをそぎ落とす「房づくり」という作業を行い、「花ぶるい」を起こさないようにしています。
ひと房の粒数を30~35に限定することにより、当時よりも糖度があがり、おいしい巨峰に生育することに成功しました。

もう一つ、巨峰栽培を難しくするのが「無核の粒」です。
これは花の咲く時期の天候に大きく左右されるのですが、寒さや梅雨の長雨の影響により出現する「種の入らない粒」のことを言います。
ここが「種あり」巨峰」の一番の肝になり、その年の作柄に一番影響するところです。
無核の粒は本来の巨峰のように大きくならず、房の中にこれがあると形が崩れて見栄えが悪くなるため、余分な粒と一緒に取り除きます。
ひと房ひと房、すべての房に手をかけて粒や形を調整し美しく仕上げるのはひと苦労です。

「種なし」巨峰の出現

私が巨峰農家を継いだ1990年ころ、牧丘ではまだ「種なし」栽培は見かけませんでしたが、2000年を過ぎるころから徐々に増え始めました。
当時、ぶどうの中ではデラウェアを「種なし」にすることが主流となり、徐々に巨峰へと拡がりを見せていたのです。
「種なし」にするためには「ジベレリン」という植物性成長ホルモンに房を浸す作業を、期間中に2回行う必要があります。
ジベレリン液に浸すことにより、受粉しなくても実が生育するという仕組みです。
じつは、「種なし」は「種あり」に比べて粒が大きく張り、収穫後も見栄えの劣化が遅いという傾向があります。
これに目をつけたのがスーパーマーケットなどの小売店です。
徐々に注文は「種なし」にシフトし、ついには「種あり」よりも高額で流通するようになりました。
生産者としても当然単価の高い「種なし」の生産が主流となってきました。

「種なし」と「種あり」の栽培の手間

おいしい巨峰に生育するためには、房に育った内の2/3程度は「摘房」という作業で落とします。
全ての房に栄養を分配するよりも、房数を限定して栄養を送ることでよりおいしい巨峰に仕上がるからです。
甲斐屋農場の場合、10万房をある程度の房まで育て、その中から生育状況によって見極め、残す房を厳選しています。

一方「種なし」の場合、ジベレリン液に浸す手間がかかる分大変だろうと思われるかもしれませんが、実は、「種あり」よりも栽培の手間がかからないと言えます。
なぜなら、「種なし」の場合はジベレリン処理により生育が均一になりやいため、適房をする必要がなく、最初から花の数を2/3程度に落として、ジベレリン液に浸す作業を行うからです。

また、「房づくり」を行う数も1/3で済むため、生育状況を見極める必要もありません。
最初から「種なし」を作るのですから、「無核の粒」を取り除く必要もなくなります。
生産も安定し、粒のバラツキで価格を下げられてしまうことも無くなりますので、生産者にとってはありがたいことづくしなのです。

「種あり」巨峰へのこだわり

甲斐屋農場でも「種なし」の栽培に取り組んだこともあります。
今でも、天候不順などで思うように生育しない年には「種なし」にシフトすることもあります。
ですが、どうしても「種あり」を中心に栽培を続ける理由があります。
それは「うまみ」の問題です。
「種なし」の方が食べやすいことは承知していますが、それよりも巨峰本来の味を楽しんでいただきたいのです。
巨峰本来の味は「種なし」よりも甘いのですが、ただ甘いだけはなく「甘みと酸味の絶妙なバランス」と「コク」があります。
これを甲斐屋農場では本来の”うまい巨峰”と呼んでいます。
「種なし」が主流になろうが、生産に手間がかかろうが、価格が安くなろうが、関係ありません。
私が子どものころから食べてきた、本物の巨峰の「うまさ」をお客さまに味わっていただきたくて、「種あり」にこだわっています。
おかげさまで甲斐屋農場の常連さまにはそのことが浸透してきました。
少々形が悪くても、甲斐屋農場の巨峰の味を求めて足を運んでいただいたりご注文いただいたりしています。
これからも、お客さまに必要とされるよう「種あり」にこだわり、”うまい巨峰”を送り出そうと思います。